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与良政談 毎日新聞夕刊連載 4月号2本 [スズムシ日記]


与良さん、なかなかいいじゃない。国民をなめきっている安部の言動に与良さん自身があがききれないジレンマを表明しているのがいい。おいらもそうだ。バカヤロウ!ってみんなで言おうよ!2本まとめて登場してもらう。

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 こんな人々が大臣なのだ。


安倍内閣の閣僚や政務官のあぜんとする暴言や不祥事が続く。


 今村雅弘前復興相は記者の質問に激高して東京電力福島第1原発の自主避難を「本人の責任」と発言。反省したかと思いきや、今度は東日本大震災に関し「(発生場所が)まだ東北でよかった」と言い放った。辞任は遅過ぎたほどだ。


 山本幸三地方創生担当相は誤った知識をもとに「一番のがんは文化学芸員」と語って釈明に追われた。金田勝年法相は組織犯罪処罰法改正案の説明がままならず、「答弁のお助け役」として法務省刑事局長を参考人として呼ぶよう与党が強引に決める異例の事態となった。


 いずれも大問題だ。しかし安倍晋三首相はその都度、即座に更迭するなど、これまできちんとけじめをつけなかった。だから今村氏のように口ばかりの反省になるのである。


 こうした問題が表面化すると「政権の緩みやおごりが出た」と報道されがちだ。だが「緩んでいるから起きた」というより、元々こんな人たちが大臣をしている現実を、私たちは認識して怒るべきだ。それでも「いつか国民は忘れるだろう」と政権が高をくくっていることが「安倍1強」のおごりなのだ。


 「北朝鮮情勢が緊迫する中、閣僚発言の揚げ足を取っている場合か」といった声も聞く。しかし、こんなにも言葉が、いや存在自体が軽い人たちに危機管理を任せておいて大丈夫かとむしろ私は心配になる。


 安倍首相自身の言葉にも触れておく。首相は先週、東京・銀座の商業施設オープン式典で、あいさつ原稿に地元・山口県の物産について触れられていないことを取り上げて「よく私が申し上げたことをそんたくしていただきたいと、こう思うわけであります」と冗談を飛ばした。


 「そんたく」は森友学園問題の重要なキーワードだ。それをジョークのネタに使う感覚に驚く。森友問題は報道も少なくなったから、もう乗り切ったと余裕を見せようとしたのだろうか。だとすれば、野党も私たちメディアも、そして国民も随分なめられたものだ。


 こんな劣化状況に新聞やテレビも慣れっこになってしまうのが怖い。なめられないためには、しつこく追及することだ。


「共謀罪」に関心もとう


 弱みは絶対に見せないということなのだろう。安倍晋三首相の国会答弁は最近、ますます断定調が目立つようになった。


「共謀罪」の構成要件を改め「テロ等準備罪」を新設する組織犯罪処罰法改正案の審議入りに際し、首相は先週の国会でこう語った。


 「捜査機関が常時国民の動静を監視するようになるといった懸念は全く無用だ」


 本当にそうか。捜査機関が改正案を拡大解釈して乱用する心配はないのか。国民の心の内までが監視される恐れはないのか−−。これまでの政府の説明では多くの人々がそんな不安を抱くのは当然だ。


 何しろ長年の憲法解釈をあっさり変更し、集団的自衛権の一部行使を認めた政権だ。戦前の教育勅語もどうしても否定したくないようだ。


 政権が個人の権利より国家の権力強化を重視しているのは疑う余地がない。今回の改正案を戦前の治安維持法に例える人が多いのは、そうした政権の性格を抜きには語れない。


 ところが、そんな例えを持ち出すと首相は「それは印象操作だ」と言う。ならばこの法案が成立しないと3年後の東京五輪・パラリンピックが開けないと言わんばかりの説明も印象操作と言うべきだろう。


 異論を一刀両断に切り捨て、ともかく権力者の言うことを信じろでは国会審議は要らなくなる。


 「森友学園」問題を見てみよう。「私や妻が関わっていたら首相も国会議員も辞める」と首相がいきなり断言してしまったため、妻の昭恵氏の関与について無理な政府答弁を重ねる結果になっているではないか。


 テロ対策は必要だと誰でも思う。ただし、この法案はどれほど具体的にテロ防止につながるのか。現行法では対応できないのか。疑問点は多々ある。だから最初から結論を決めつけずに、一つ一つ謙虚に、きちんと詰めていくことが必要だ。


 私たち新聞やテレビの努力不足もあるだろう。まだ国民の関心は高いとはいえない。特定秘密保護法や安保法制の時にも書いた話だが、消費税率アップなどと違って、こうした法案は成立しても直ちに生活が変わることはないかもしれない。


 しかし、日々の暮らしが目に見えて変わってきた時には、もう後戻りできないのだ。



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どこからか言葉が 谷川俊太郎 19年4月号 [スズムシ日記]

谷川さんの朝日連載。久しぶりに登用します。ちょっとピンぼけぎみだったので、わ〜い!なんて言えなかった。今回はまあ、いいか。厭戦思想があるからね。でも、原っぱなんてもう都会にはない。鉄条網でしっかりガードされてる。そもそも豊洲のあの土地だって原っぱ。それがヒ素がでるっておおさわぎ。

俊太郎さんの今回の詩は 最後がいい。「うつむいてひとりでたっているこもいる」そうですね。あたりまえですが、それを抽出してみせてくれたのがいいですね。新しい指導要領がでましたが、子どもたちはみんな主体的になりなさい!って言ってます。それを目指します!って先生もがなり立てています。でも、びくびくしている先生もいるのじゃないかって思います。俊ちゃんに登場してもらいます。

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はらっぱ


はらっぱでこどもらがはねまわっている

このくにでもあのくにでもはねまわってる

むかしからこどもらははねまわっていた

これからもはねまわるだろう うんがよければ

 

おとなはわらいながらそれをみまもる

それをえにかく うたにする おはなしにする

それからそれをおもいでにして

せんそうをしによそのくにへでかけていく

 

はらっぱでこどもらが ねている

どうしたのだろう

こどもらはいつまでたってもおきあがらない

おとなはもうはらっぱにもどれない

 

いつのまにかはらっぱはほりかえされて

おおきなふかいあなぼこになった

そのうえにたかいたてものができた

うんよくおとなになったこどもらがたてたのだ

 

しんでしまったこどもらのことを

いきているこどもはがっこうでまなぶ

こうていでこどもたちがはねまわっている

うつむいてひとりでたっているこもいる


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問う「共謀罪」表現者から [スズムシ日記]

 朝日新聞が各界の識者をチョイスして「共謀罪」について語ってもらっている。シリーズものだが、半藤さんの言い分に共感したので、登場してもらおう。勿論僕も共謀罪には反対だ。オリンピックに特化した言い方が気にくわない。それこそ国会の安部の答弁は内心を逆にトロしているようで不気味だ。この人はどこまで突っ走るのだろうか。選挙結果がいかに重大かを知らしめている。
 それでは、半藤さんの言い分を聞いてみよう。
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「戦前と違う」とは思わない

 戦争は昔の話。本当にそう言い切れるのだろうか

 私が11歳のとき太平洋戦争が始まった。東京大空襲では、逃げている途中に川に落ちて危うく死にそうになる経験もした。

 向島区(現・墨田区)の区議だったおやじは「日本は戦争に負ける」なんて言うもんだから、治安維持法違反で3回警察に引っ張られた。

 当時は戦争遂行のための「隣組」があった。「助けられたり、助けたり」という歌詞の明るい歌もあるが、住民同士を相互監視させる機能も果たした。いつの世も、民衆の中には政府に協力的な人がいる。「刺す」という言い方もあったけれど、おやじを密告した人がいたんだろう。

 歴史を研究してきた経験から言えるのは、戦争をする国家は必ず反戦を訴える人物を押さえつけようとするということだ。昔は治安維持法が使われたが、いまは「共謀罪」がそれに取って代わろうとしている。内心の自由を侵害するという点ではよく似ている。

 治安維持法は1925年の施行時、国体の変革を図る共産主義者らを取り締まるという明確な狙いがあった。その後の2度の改正で適用対象が拡大され、広く検挙できるようになった。

 政府は今回の法案の対象について「『組織的犯罪集団』に限る」「一般の人は関係ない」と説明しているが、将来の法改正によってどうなるか分からない。

 私に言わせると、安倍政権憲法を空洞化し「戦争できる国」をめざしている。今回の法案は(2013年成立の)特定秘密保護法や、(15年成立の)安全保障法制などと同じ流れにあると捉えるべきだ。歴史には後戻りができなくなる「ノー・リターン・ポイント」があるが、今の日本はかなり危険なところまで来てしまっていると思う。

 「今と昔とでは時代が違う」と言う人もいるが、私はそうは思わない。戦前の日本はずっと暗い時代だったと思い込んでいる若い人もいるが、太平洋戦争が始まる数年前までは明るかった。日中戦争での勝利を提灯(ちょうちん)行列で祝い、社会全体が高揚感に包まれていた。それが窮屈になるのは、あっという間だった。その時代を生きている人は案外、世の中がどの方向に向かっているのかを見極めるのが難しいものだ。

 今回の法案についてメディアはもっと敏感になるべきだ。例えば、辺野古沖縄県名護市)での反基地運動。警察が「組織的な威力業務妨害罪にあたる」と判断した集会を取材した記者が、仲間とみなされて調べを受ける可能性はないか。「報道の自由」を頭から押さえつけるのは困難でも、様々なやり方で記者を萎縮させることはできる。

 法案が複雑な上、メディアによって「共謀罪」「テロ等準備罪」など様々な呼び方があり、一般の人は理解が難しいだろう。でも、その本質をしっかり見極めてほしい。安倍首相は法律ができなければ、「東京五輪を開けないと言っても過言ではない」と答弁した。それが仮に事実だったとしても、わずか2週間程度のイベントのために、100年先まで禍根を残すことがあってはならない。

 はんどう・かずとし 「日本のいちばん長い日」「ノモンハンの夏」など昭和史関連の著作多数。「文芸春秋」の元編集長。


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(政治断簡)2017.4.17朝日新聞 [スズムシ日記]

汝、内心に立ち入るべからず 

朝日新聞:編集委員・国分高史

 久しぶりの政治風潮にチョイスです。朝日新聞の政治断簡を連載している編集員の国分高史さんの論調はナカナカ硬派でいい。今回も自民党政権の本質をぐいと抉って見せている。もっと声高になるといいんだけれども、これが限界だってことも百も承知でスズムシは息巻いている。「内心」の問題が取りざたされて、いよいよ危うい世界になっている。小林多喜二の母の物語の映画を見た。映画監督は80を越えた方。そのお孫さんが映画にも出演。神楽さんという。お母さんとともども親子陶芸教室に参加している。そんな縁があって映画をみることになった。きな臭いなんて感じている老人が減少しつつあること、それがそもそもつけ入る要因なのかもしれない。手ぐすね引いて待ってましたとね。日本会議もじっとガマンの子だったからね。それでは今回の断簡を繙いてみましょう。

 一連の「森友学園」の問題ではっきりしたのは、安倍政権教育勅語を決して全否定はしないということだ。

 国有地売却にからむ疑惑発覚当初、夫人から伝え聞いたという安倍晋三首相は、幼稚園の朝礼で教育勅語を暗唱させる籠池泰典前理事長を「教育に対する熱意は素晴らしい」と評価していた。

 そして、教育勅語を教材に使うことを否定しない政府答弁書と、朝礼での暗唱を「教育基本法に反しない限りは問題のない行為」という義家弘介・文部科学副大臣の国会答弁が、勅語に対する政権の姿勢を鮮明にした。

     *

 明治憲法下の教育勅語の本質は、「父母に孝に」「兄弟に友に」「夫婦相和し」といった徳目を「汝(なんじ)臣民」に守らせたうえで、いざとなれば「一身を捧げて皇室国家のために尽くせ」と滅私奉公を求めている点だ。

 国民主権に反することは明らかなのに、政権中枢の政治家たちは、この徳目を切り取って「日本が道義国家をめざすというその精神は、取り戻すべきだ」(稲田朋美防衛相)という。

 だが、その部分だけを取り上げて評価するのは、意味がないばかりか、問題の本質を覆い隠す。

 教育勅語の時代は、家制度のもと家族の中にも戸主を筆頭に厳然たる序列があった。現代の私たちが当然だと思っている男女間の平等も、個人の尊重もなかった。この背景を抜きに、内心に働きかける徳目の当否は語れない。

 西原博史・早稲田大教授(憲法)は「教育勅語がいうのは、天皇を頂点とする国家とそれを構成する家族内の秩序維持のため、つまり天皇のために親孝行せよということだ。そこを切り離して『いいところもある』と評価するのは、まずは無知であると言うしかない」と話す。

 天皇を元首とする。国民はそれぞれ異なる個性を持つ「個人」としてではなく、単に「人」として尊重される。そして家族は互いに助け合え――自民党が2012年にまとめた憲法改正草案が描く国の姿は、教育勅語がめざした国家像と重なり合う。

 政権中枢が勅語を否定しないどころか、心情的には擁護する理由がよくわかる。

     *

 その政権がいま、テロ対策を理由に「共謀罪」の趣旨を盛り込んだ新たな法の制定に向けひた走っている。

 共謀罪は、犯罪を実行に移した段階から処罰する日本の刑事法の原則を覆す。野党が危惧するように、犯罪を話し合い、合意をしたことが罪に問われるとなれば、戦前の思想弾圧の反省から現憲法で絶対的に保障されている内心の自由が侵されかねない。

 「教育勅語にはいいことも書いてある」「テロ対策がなければオリンピックが開けない」。うっかりしていると「そうだね」と答えてしまいそうな言葉とともに、権力は私たちの内心にずかずかと踏み込んでこようとする。

 ここははっきりと、「汝、立ち入るべからず」の意思表示をしておかなければ。


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私だけの東京 毎日新聞夕刊連載 [スズムシ日記]

久しぶりの投稿です。共謀罪だとか介護保険法改悪とか、ちっともいいことがない。民進党も細野の反乱でちっともまとまりがない。それをみんな知っているから、見限っている。れんぽうさん頑張れって言いたいが、何か痛々しい。と僕は思う。
今回の投稿は「私だけの東京」。毎日新聞に連載されている。みんなの出自がそれぞれ懐かしい。今回取り上げた辺さんは在日韓国人。僕と同年齢だから、余計に共感する。僕の住む南台は元は雑色村。戦後にいわゆる朝鮮部落があちこちに点在していた。僕の同級生の金田くんは東大に入った。どうしているのだろうか。辺さんのこども時代を伺って、僕のこども時代を思い出した。

忘れられない納豆売り コリア・レポート」編集長・辺真一さん 

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 フリーのジャーナリストとして日々、慌ただしく過ごすうち、気がつけば、僕も70歳になりました。ふと思い出すのは少年時代のことですね。物心ついた時に住んでいたのは東京都荒川区の三河島です。とにかく貧しかった。みんな貧しかった。在日朝鮮人が2030世帯ほど、あちこちで、それこそ肩を寄せ合うように暮らしていました。

 おやじは韓国の南、済州(チェジュ)島は西帰浦(ソギポ)の生まれです。出稼ぎのため大阪に渡り、そこで同じく済州島からやってきた母と結婚する。土木作業など日雇い仕事をしていましたが、終戦を機に上京、進駐軍の余剰品を闇市に流したりしていたらしい。上野かいわいではおやじら辺一族は「辺3兄弟」と呼ばれ、闇市を仕切る顔だったみたいです。

 でも、生活は苦しかった。我が家は木造家屋の2階、6畳間に両親と僕ら子供4人の6人で住んでいました。信じられますか? 6畳に6人ですよ。便所はもちろん共同、お風呂は2軒先に銭湯があって、脱衣場のテレビで力道山のプロレスなんかを見るのが楽しみでした。そうそう、一度、火事になったことがあって、みんな裸で逃げ出してきたのを覚えています。

 近所は金さん、李さん、朴さんだらけでしたが、日本人ともよく一緒に遊んでいました。チャンバラごっことかね。ケンカすると「ニンニクくさい」と言われたりもしましたが、こちらも負けじと「タクアンくさい」と言い返したりね。陰湿な感じはなかったし、取り立てて差別を意識したこともありませんでした。吉永小百合さん主演の映画「キューポラのある街」、僕らにはすごく分かる世界です。

 通っていたのは東京都立第一朝鮮人小学校です。校長先生は日本人、先生は日本人と朝鮮人が半々。児童には密航者も多かった。うさぎ追いしっていう日本の童謡「故郷」を朝鮮語に訳して歌ったりしましたね。♪サントッキモルロヌンウリトンサン……。まだ歌えます。母が僕を1年、早く入れてしまったものだから、6年間ずっと小さいまま。通信簿を見ると、入学時の身長が101センチ! 勉強はだめでしたが、足は速かった。すもうも上手投げが得意でね。毎年開く同窓会で、クラスメートはいまでも運動会のことを話題にするんですよ。「チニリ(真一)かっこよかった」って。

 苦労している両親を楽にさせたくて、小学校に入ると真ちゅうやくず鉄なんかを拾って売っていましたが、忘れられないのが小3からやった納豆売りです。登校前、朝も暗いうちに起き、近所のおばあさんから手作りの納豆を30個もらうんです。110円で、一つ売れたら3円くれる。僕は納豆の入った箱を駅弁売りみたいにぶら下げて「なっとー、なっとなっとー」と声を張り上げながら歩く。そしてとんとん戸をたたいて「納豆、買ってくださーい」。ま、けなげに思ってくれたんでしょう、みんな買ってくれるんですよ。

 三河島では済州島の味で育ちました。好きだったのはネングク(冷やし汁)。冷たい汁にキュウリが浮いている。たまにお金に余裕があると、イカが入ったりする。でも、もっと好きなのはチョベギ。日本で言えば、すいとんでしょうか。うどん粉のだんごのようなものをスープに放り込んで、ごま油で味をつけて、卵を割り入れる。辛くはないんです。お米もまともに買えない時、これでおなかをいっぱいにするんです。粗末な食べ物でしょうが、おいしい。もしジャーナリストになっていなかったら、チョベギ屋でもしようかと考えたくらいですよ。

 1994年、金泳三(キムヨンサム)政権の時代になって初めておやじの出身地、済州島を訪れました。辺家の墓で思ったものです。どうして僕は日本に生まれたのか、どうして韓国に生まれなかったのか、と。でも、これは運命なんだとすぐ思い直したんです。流れ流れて、たどりついたのが三河島、僕の古里は三河島なのだ、と。僕の古希の祝いは家族と焼き肉屋に行くぐらい、生活習慣は日本人のそれともう変わりません。そんな在日2世のジャーナリストとして、日本人よりも韓国人を、韓国人よりも日本人をよく知る立場から、日本と朝鮮半島について発言を続けていくつもりです。【聞き手・鈴木琢磨、撮影・内藤絵美】

 ■人物略歴 ピョン・ジンイル

 1947年生まれ。明治学院大卒。朝鮮新報記者を経て、82年に独立。「コリア・レポート」創刊。最新刊は「在日の涙-間違いだらけの日韓関係」(飛鳥新社)。


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内田樹の研究室から  [スズムシ日記]

難しすぎる?

 

 「難しすぎる」とは何か?というブログは115日にアップされたものです。『転換期を生きる君たちへ』(各界の識者による論集形式のもの。内田さんが編者)が出版されたのだが、都内の公立中学校の先生から晶文社の編集者に手紙がとどいたのだそうです。それによると、よい本なので購入して、学校図書館に陳列したのだが、だれも読むものが現れない。そこで仕方なく、生徒会長、生徒会役員、学級委員の三名の男子生徒(全員二年生)に順番に読んでもらったところ、彼らは難しすぎるとのことだったと……。

 それで、内田さんはほとほと悩みもして、表記のブログをしたためることになったのだそうだ。

 このブログも長文で、途中で頓挫しそうな方も頻出するのじゃないかと思うのだが、「難しい」と同様に「長すぎる」も嫌われることは百も承知で内田さんは自説を述べておられる。全文をお読みになりたければブログを訪れてほしい。

 さて、その文章のなかで、これはとっても「すごくて」「いい」と思う、学校論が述べられている。おいらもそんな学校をめざしてもいたが、徒労におわったように思い、忸怩たるものがあるのだが、以下の内田さんの論を是非とも読んでほしいと思う。

 『この世に「最低の学校」というのがあるとすれば、それは教員全員が同じ教育理念を信じ、同じ教育方法で、同じ教育目標のために授業をしている学校だと思います(独裁者が支配している国の学校はたぶんそういうものになるでしょう)。でも、そういう学校からは「よきもの」は何も生まれません。これは断言できます。とりあえず、僕は、そんな学校に入れられたら、すぐに病気になってしまうでしょう(病気になる前に、窓を破っても、床に穴を掘っても、脱走するとは思いますが)。僕はそういう「閉所的」な空間に耐えることができません。どんな場所であれ、そこで公式に信じられていることに対して「それ、違うような気がするんですけど」という意思表示ができる権利が確保されていること、それが僕にとっては、呼吸して、生きていけるぎりぎり唯一の条件です。

 勘違いしないで欲しいのですが、「僕の言うことが正しい」と認めて欲しいわけではないのです。僕が間違っている可能性だってある(だってあるどころかたいていの場合、僕は間違っています)。それでも、みんなが信じている公式見解に対して、「あの、それ、違うような気がするんですけど」と言う権利だけは保証して欲しい。「僕が正しい」とみんなに認めて欲しいのと違うのです。ただ、正しい意見に対して、「それは違うと思う」と言っても処罰されない保証を求めている、それだけです。

 教師も生徒も、全員が同じ正しさを信じていて(信じることを強いられていて)、異論の余地が許されていない学校は、知的な生産性という点から言うと、最低の場所になるでしょう。そういう学校から、多様な個性や可能性を備えた若者たちが次々と輩出してくるということは決してないと僕は思います。というのは、知的な生産性というのは「正しい/間違っている」という二項対立とは別のレベルの出来事だからです。

 ほんとうに新しいもの、ブレークスルーをもたらすものは、いつだって「思いがけないもの」です。そんなものが存在するとは誰も思っていなかったものです。それが、そんなところから何かが生まれなんて誰も思ってもいなかった場所から生まれ出てくる。そういうものなんです。いつだって、そうなんです。ほんとうに新しいものは、思いもかけないところから生まれてくる。

 ですから、知的生産性という点からすると(もう三回目ですけれど、実は僕はこの言葉があまり好きじゃないんです・・・)、学校が多産であるためには、「そんなところから何か価値あるものが生まれて来るとは誰も予測していなかった場所」がたくさんあることが必要だということです。薄暗がりとか、用途のわからない隙間とか、A地点からB地点にゆく場合の最短ルートとは別の迂回ルートとか、坐り込んだら気分よくて立てなくなってしまうソファーとか、意味もなく美しい中庭とか・・・そういう「何の役に立つのかよくわからないもの」たちが群生しているのが知的空間としては極上だと僕は思います。これは僕が長く生きてきて得た経験的確信です。』

  どうでしたか?深い学びを標榜する新しい指導要領が30年からスタートする。どうも内田さんのいう学校はもう出現することすら難しいのではと思うスズムシでした。(卒業式前の超多忙な先生方は25日過ぎにゆっくりかみしめてくださいね、



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異常な長期拘留  [スズムシ日記]

5ヶ月も留置場に拘留。証拠隠滅のおそれがあるとの理由で。でも、これは安倍政権の見せしめ的踏み絵の状態。辺野古移設反対運動のリーダーを拘束したのだ。沖縄の人々は一層憤るだろう。傍観のスズムシで申し訳ない。記事をせめて掲載しよう!

辺野古移転 反対派リーダー、一部否認 5カ月勾留後、初公判 公務執行妨害など 
毎日新聞2017317日 東京夕刊

 沖縄の反基地運動のリーダーで、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の名護市辺野古への移設などに抗議する活動を巡って威力業務妨害罪などに問われた沖縄平和運動センター議長、山城博治被告(64)ら3人は17日、那覇地裁(潮海二郎裁判長)であった初公判で、米軍基地内の有刺鉄線を切断したとされる器物損壊罪は認めたが、その他2件の起訴内容については否認して無罪を主張した。

 山城被告は、米軍基地のゲート前にコンクリートブロックを積み上げたとされる威力業務妨害罪について「抗議行動の一つで正当な表現行為だ」として否認。防衛省沖縄防衛局職員にけがをさせたとされる公務執行妨害と傷害の罪についても「職員の行為は正当な公務性を欠き、止めようとしただけだ。傷害を与える行為をした事実もない」と主張した。

 そのうえで「私は5カ月にわたって長期勾留を強いられてきた。異常な隔離であり、不当な弾圧だ。沖縄の反戦運動は今後ともさらに力強く展開していくし、闘いは不滅だ」と述べた。

 山城被告と共謀したとして威力業務妨害罪に問われた66歳の男と、公務執行妨害と傷害の罪に問われた44歳の男も起訴内容を否認した。

国際団体が批判

 山城被告が最初に逮捕されたのは昨年1017日。勾留は約5カ月間に及び、国際人権団体などから批判が相次いできた。刑事法学者のグループが「不当に長い拘禁」と批判する「緊急声明」を発表した他、作家の落合恵子さんや鎌田慧さんらも早期釈放を求めている。さらに国際人権団体「アムネスティ・インターナショナル」は、2015年に悪性リンパ腫で入院した山城被告の健康状態を懸念し、早期釈放を呼び掛けている。

 この間、弁護側は保釈を求めてきたが、那覇地裁は「証拠隠滅の恐れがある」と却下し、最高裁への特別抗告も2度退けられた。

 元東京高裁部統括判事の木谷明弁護士は「比較的軽微な犯罪で証拠隠滅の可能性は乏しい。もし心配なら条件付きで保釈すればいい。長期の勾留は適切ではなく『反対運動をつぶすためだ』との見方をされても反論できないのではないか」と話す。


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熱血与良政談 毎日夕刊連載 [スズムシ日記]

17315日毎日夕刊 昭恵夫人という印籠

 学校法人「森友学園」をめぐるこれまでの国会質疑で一番印象に残ったのは、安倍晋三首相が声を荒らげて反論した次の答弁だった。

 「(役人が)忖度(そんたく)した事実がないのに、(あると)言うのは典型的な印象操作だ」「名誉校長に安倍昭恵という名前があれば印籠(いんろう)みたいに恐れ入りましたとなるはずがない」

 学園が新設を目指していた小学校の名誉校長に、首相夫人・昭恵氏が就任していたのはご承知の通りだ。問題発覚後辞任したが、民進党の福山哲郎氏は昭恵氏が名を連ねていたことが異例の手続きに影響したのではないかと尋ねた。それに対して首相は水戸黄門の印籠のような力=威光はないと答えたのだった。

 政治家が口利きしていなかったかどうかはなお分からない。だが、仮にそうでなかったとしても、学園側が首相と昭恵氏の名前を利用しようとしていたのは確かだろう。近畿財務局をはじめ役所の担当者たちはまず「面倒な案件が持ち込まれた」と考えたのではないだろうか。

 そこで、こうも考えるかもしれない。もしかすると学園は実際、首相と信条が近いのではないか。ならば早く処理して手放した方がいい。あるいは首相に恩を売ることができるかもしれない--。役人側がそんな忖度をいくつも重ね、今回の手続きを通してしまった結果だとしたら、それも極めて深刻な事態だと思う。

 安倍首相は「1強」状態で、長く政権が続く可能性がある。その首相夫妻の名前が「印籠になるわけがない」と首相が考えているのなら、認識が甘く、責任逃れだろう。

 この問題は先月上旬、小学校予定地(国有地)の売却価格を地元の大阪府豊中市議が公表させ、異例の格安価格が明らかになったことから初めて明るみに出た。

 それがなければ、これまた今、世間を驚かせている学園の教育方針に基づいた小学校が4月に大手を振って開校し、昭恵氏も名誉校長を続けていたのではないか。そんな時代になっていることが危ないのだ。

 自民党の中には、学園が小学校の設置認可申請を取り下げ、籠池泰典氏が理事長辞任を表明したことで「これで国会に参考人招致する必要はなくなった」という声がある。とんでもない。まだ何も解明されていないのである。

スズムシ:与良さんの論調に与する。財務局の挙動が絵に描いたようにイメージできる。それが与良さんの言葉の強みだし、政治にかかわってきたマスコミ人の真骨頂だ。トランプに抗っているアメリカのマスコミと同様のことだ。めげずにどしどし主張してほしい。できれば与良さんの政談は1面に記載されることがホントは大事なんだけれどね。今は2面の脇にひそやかに記載されている。毎日新聞の限界とも言える。与良さんは専門編集委員という肩書きだ。


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内田樹の研究室から [スズムシ日記]

内田さんは定期的にルモンドの記事をブログに記載する。それをオイラも追認する。ルモンドはフランス語で刃が立たないので、内田さんを頼るしかない。フランス人がどのように日本の世情を読みとっているのか。が分かる。だからオイラは非常に愉快になる。今回も安部に手厳しいのがいい。

ル・モンドの記事から(森友学園問題)

2月27日のLe Monde が森友学園と安倍総理の関係について報じた。どのよう形容容詞が用いられているか、注意して読んで欲しい。

ナショナリスト的逸脱(dérive nationaliste)と不都合な便宜供与がいりまじった一つの事件が日本の総理大臣安倍晋三の足元を脅かしている。話題になっているのは4月1日開校予定の大阪の私立「瑞穂の国記念」小学校である。
2月27日、当局はこの施設の建設工事についての調査を行った。この施設は学校法人森友学園が開学する「日本で最初で唯一の神道小学校」である。神道は日本起源の宗教である。
森友学園は2016年6月に国土省から一区画の土地を1億3400万円で購入したが、これは現地の地価の七分の1である。国土相はこの土地が9億5600万円と価格査定されていたことを認めている。この値引きが行われたのは、廃棄物の除去と、微量のヒ素や鉛を含む土壌の除染が必要だったからである。しかし、野党によると、取り出されたのは廃棄物のごく一部であった。残りは現場に埋め戻され、森友学園は除去工事のために1億円しか支出していない可能性がある。当局はこの交渉についての記録は保存されていないと述べている。
総理大臣とその妻昭恵はこのプロジェクトに深いかかわりを有している。安倍夫人はこの小学校の名誉校長であるが、彼女の名前と写真は学校のインターネットサイトからはすでに削除されている。また彼女が生徒たちに向けて書いたメッセージ、彼らが「明日の日本の指導者になる」という文言も削除された。学園は「安倍晋三」の名を学校につけることを求めていたが、本人の依頼によって断念したとされている。
「もし、私の妻や私がこの取引に関与していたことが明らかにされたら、私は総理大臣も国会議員も辞職する」と安倍晋三は2月18日に言明した。だが、それでも事態は沈静しなかった。
2015年9月4日、安倍夫人は同じ学校法人が経営する大阪の幼稚園を訪れている。子供たちが毎朝日本を称える歌を歌い、教育勅語(1890年に制定され、1945年まですべての学校で毎年何度も朗読されたテクスト)を朗読することを彼女は大いに喜んだ。この勅語は「帝国の偉大さ」を称え、「必要なときには国家のために身命を捧げること」を命じたものである。
森友学園のプロジェクトは防衛相稲田朋美と日本会議からの支援を得ている。日本会議は影響力を持つ超国家主義的(ultranationaliste)復古主義的(traditionaliste)な組織で、その会員には総理大臣も森友学園の理事長籠池靖憲も含まれている。
この近接性は極端なナショナリスト出自(issu de la frange nationaliste)の安倍氏が現在の学校教育が過剰にリベラルであり、歴史問題について「自虐的」であることをつねにはげしく批判していることと符合する。彼は第二次世界大戦中の日本の権力濫用についての記述を歴史教科書から減らすように主張し続けてきた。
森友学園のねらいは「世界一純粋な国」日本の子どもたちの「愛国心と誇りを涵養する」ことにあり、そこには排外主義(xénophobie)的傾向が濃厚である。テレビは運動会の開会式での幼稚園児たちの宣誓の場面を収録したビデオ映像を放送したが、その宣誓の言葉には、「日本を迫害する」中国と韓国に対する言及があった。子どもたちはまた総理大臣と彼の安全保障政策に対しても「安倍総理、がんばれ」との声援を送っていた。



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学校と私 毎日新聞連載 [スズムシ日記]

本日 2本目の投稿 アップしたい記事がやたらあるわけじゃない。でも本日は朝日と毎日にひとつづつあった。これからアップするのは 前田吟さんの来歴。貧しくて哀しくて愛しくなるね。吟さんよ!みんなそうだった。多くはね。敗戦前後生れはね。
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落着いて勉強したかった。

 戦中の生まれです。母はシングルマザーで、生まれてすぐに前田家に養子としてもらわれました。でも、養母は4歳のころ、養父は中学2年になる直前に亡くなり、行くところがなくなってしまってね。義務教育だけはなんとか終わらせようと、前田の親戚のおじさんに預けられました。

  山奥の開拓村でランプの生活でしたが、勉強すると成績が上がってね。男の中で1番になることもありました。おじさんは中卒で働かせるわけにはいかないって、実母の親類に交渉してくれました。それで実母の姉のところに預けられて山口県立防府高校に進学したけど、1年で中退して、独り大阪へ出たんです。

 俳優になりたいという気持ちは小学校6年の時に芽生えました。学芸会で西遊記の沙悟浄を演じた時、担任の先生がほめてくれたんです。周りは棒読みでしょ。「俺が一番うまいな」って自分でも思っていましたね(笑い)。先生が「俳優になりなさい」と言ってくれた。それから雑誌で田中絹代さんや三船敏郎さんの手記を読んだりして。実家が貧しかったり両親がいなかったりという俳優さん、意外と多かった。これはもう俳優以外ないなと思いました。

 大阪では働きながら、夜は演劇学校へ行きました。その時、新国劇を作られた倉橋仙太郎さんに出会いました。本読みや踊り、剣劇を指導してもらってね。東京に俳優座という養成所があるからそこへ行くよう説得されました。「そこを出れば、食べていけるよ」ってね。演劇学校に入るには高卒が条件だったから、通信制の高校に入り直したんですよ。良い先生と出会いましたね。親や親戚もいなくて先生に助けられて生きてきました。

 実はコンプレックスがあるの、学校に。落ち着いて勉強したり、遠足行ったり、運動会やったりという記憶がなくてね。小学校4、5年のころから常にお手伝いをしていて、放課後は牛乳配達や新聞配達に行くから「早く終わんないかな」って思ってたんですよ。配達のあとは海にアサリを取りにいったりね。だから、今の子どもたちにはのびのびと勉強して、友達作って、遊んで、自由にしてほしいよね。それだけだね。

 まえだぎん:1944年山口県生まれ。劇団俳優座養成所15期卒業。主な出演作に映画「男はつらいよ」シリーズ。最新作「3月のライオン」は18日から前編、4月22日から後編が公開される。


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