武蔵美 [スズムシ日記]
2012-05-16 [スズムシ日記]
人生は夕方からたのしくなる
毎日新聞夕刊連載。いつも楽しく読んでいる。今回は雑誌編集の坂崎重森さん。タイトルがいい。「へそ曲がりって思われていたい」ですって。こんなんぼく大好きです。だから、みんなにもシゲモリワールドへ招待しちゃおう。記事を書いたのは鈴木琢磨さん。この人の文章もまたいいな。じゃいくぞ。
昼下がり、パナマ帽にステッキついて古本タウン、神田神保町かいわいを歩いていた坂崎重盛さん、ふらっと路地裏へ。掘り出し物のにおいでもしたのか、特価セールの棚からひょいと本を抜き出していく。「ヤッター!」。うわずった声で手にしたのは「我輩も猫である」(要書房、1952年)。かの大文豪の小説にあらず。「ブラリひょうたん」で知られる昭和の名コラムニスト、高田保の作品らしい。「タイトルからして楽しそう。わくわくするなあ」
420円ナリの戦利品を抱え、路地裏の喫茶店でささやかな祝杯をあげる。どこか人を食った感じは、編集者にして随文家を名乗るシゲモリ先生とて同じこと。永田町の某先生は天下国家のことしか考えていないそうだが、神保町の先生は路地横町のことしか考えていない。なにせ「日本路地・横丁学会」の会長である。「アハハ、マイナーなものが好きで。いまをときめかないものにひかれる。小学校のころからかな、よーいどんの運動会で勝ったためしがない。競争じゃ負ける。みなが大通りを行くんだったら、僕は横へ入る。大学を決めたのも、混んでない電車に乗りたかったから、千葉方面へ」
ん? テーブルのわきに立てかけたステッキ、握るところがかわいいウサギになっている。「これ、だてステッキでして。ちょっと嫌みじゃないですか、こんなの持ってるおじさんって。でも、そんな遊びが大好き。電車の中でチラチラ見られて、バカなやつだなって思われたっていいんです」。へそ曲がり! 「ま、下町育ちだからかな。まともなこと言ってたんじゃ誰も聞いてくれない。モノゴトを斜めから見るクセがついた。編集者の必須条件でしょ」
もうじき古希だが、すでに50過ぎにして「超隠居術」をものし、あくせく働くばかりの日本のサラリーマンによく遊べ、と説いた。快楽を求めよ、と諭した。むろん、自身も大いに遊んだ。旅をし、俳句を詠み、古本をめで、夜な夜な赤ちょうちんで酔っ払った。しかもその遊びがことごとく1冊に結実していく不思議。「『秘めごと』礼賛」 「東京煮込み横丁評判記」 「神保町『二階世界』巡り及ビ其ノ他」……。「隠居を勧めておきながら、結構、出歩いてるんだよなあ。失格だね」
さっき高田保の「我撃も猫である」を見つけて小躍りしていたのは、芸術新聞社のウェブサイトで連載している「粋人粋筆探訪」で取り上げようと思っていたから。昭和を生きた粋な物書きたちの、粋な文章を探し出しては、軽妙な筆で味わい尽くす趣向である。「ユーモア、お色気、エスプリのたっぷり詰まった文章がすごくいい。徳川夢声らの『随筆寄席』なんてたまらないです。ほのぼのして、実に教養があって。偉そうじゃなく、座談を楽しんでいる」
万事、ゆるーく仕事をしている。あるとき、シゲモリ先生、気づいた。お堅いイメージの岩波文庫をながめていたら、挿絵が面白い、と。そこで絵の入った文庫だけを集めて、その奥深さを探り、同じ版元から「『絵のある』岩波文庫への招待」と題して出したら、分厚く、値段も2730円と高いのにじわじわ売れ、この1年でなんと4刷り。
大通りを闊歩するより、ひとりで横町な気分が漂うからか。しみじみしたものを味わう気分が少しは戻ってきたからか。 「うーん、みなが横町に押し寄せるなら、逃げますよ」。相変わらずへそ曲がりを言うが、ビールはうまそうにゴクリ。森林浴ならぬ「古本浴」と称し、本と遊ぶ人生を送ってきた。たまにお孫さんと遊んだりは? 「しない。しない。若い女の子なら喜んでデートするけど」。ビールを飲み干すと、じやあ、お先に、とステッキ片手にどこかへ。永井荷風ってあんなふうだったのかなあ。そう、シゲモリ先生、こんなことを言い残していた。「首都直下型地震の報道もあり、路地・横町のある町並みが壊滅するおそれがあります。いまのうちに町歩きをしておかねばの念、強くしております」 【鈴木琢磨】
◆さかざき・しげもり 1942年、東京都生まれ。千葉大造園学科卒。横浜都市計画局、出版社を経て、編集プロダクション「波乗社」設立。ミュージシャン・坂崎幸之助さんの叔父。






